そだスプ リレー小説

リレー小説

 

「仕事の疲れって気持ちいいよね。ぜんぶ許されてる気がして。」そう言って左右田は5杯目のビールを飲み干した。

 

店はピークを過ぎているにも関わらず賑っていた。「許す、、、ねぇ。まるで過ちを犯したみたいに言うんだな。」酔いが回ってきたせいか、根拠はないが、なんとなくそう思った。

 

「あのときこうしてたらよかったなーって思うことあるだろ?けどそうしなかった人生を歩んでる。なら今の自分は間違いか?俺は違うと思う。人は何度も間違って、何度と自分を許してるんだ。」

 

左右田はおかわりを頼み、千鳥足でトイレに向かった。グラスについた水滴が流れるのを眺めていた。

 

 

突然、ぱーんという大きな音が店内に響いた。

 

 

大きな静寂も起こる事なく、

「失礼しましたー。」

と店員の声が響いた。

気持ちを込めるべきか、

とりあえず早く謝っておくべきか、

そんな感情と呼んで良いのか迷うものが

混じった声だ。

 

その声もすぐに客達のざわめきに消えていく。

 

「俺、歩みたい人生なんてあったかな。」

 

飲み込んだはずの左右田の言葉が、ため息とつらなって出てきた。

社会人になってちょうど10年。

毎日、繰り返し定時に出勤し、

そこそこ残業をして、また帰る。

気持ちが良いと思える程、仕事をしている感覚もない。

 

いわゆる社会の歯車ってやつだ。

 

そんな事をぼーっと考えていると、左右田が戻ってきた。

ちょっと飲み過ぎているみたいだ

 

 

大人は窮屈だ。

誰もが健康を装う朝の電車内、左右田は二日酔いを隠さずにいた。否、堂々と満員の車内で座り込んでいたのだった。

 

疲れた時はいつでもその場に座り込めばいい。

大人も自由でいいんだ。そもそもいつから子供じゃなくなって、だれから自由を奪われたんだろう。昔はすべてを遊び道具にできた。楽しいを追求する毎日だった。

 

「チッ」舌打ちする音が聞こえた。

思考が止まり視界が揺れる。

 

視界がぐらつき周囲の人間の顔が歪んで見えた。

酔っているのはお前らの方だ、不自由に酔っ払って悦に浸っているんだ。

 

輪郭が曖昧な視界の端に、あいつを見つけた。

 

 

 

心配そうな、それでいて身動き取れないもどかしさを携えた視線でこちらを見ている。

 

内臓がひっくり返りそうな感覚を堪えて、なんとか会社の最寄り駅に着いた。

重い足を携えてホームを歩くと聞き慣れた声であいつが走ってきた。

 

「おい左右田大丈夫か??」

 

息を切らし、水を持って現れたのは昨日も終電まで一緒に飲んでいた会社仲間、小山タケヒロだ。

何を話したのかもすでに曖昧だが、冷えた水は霧のかかった意識をはっきりとさせてくれた。

 

「昨日かなり飲んでたもんな。」

 

タケヒロは特段目立った特徴はないが真面目で優等生、一部の女性社員からも人気らしい。

何よりこういった気遣いができるのがその理由なのだろう。

 

「胃がひっくり返りそうでさ。思わずしゃがんじゃったよ。笑

知らないおっさんに舌打ちされちゃってさ。」

 

左右田は苦笑いしながら水を飲み干した。

 

「そうだったのか。実はこの前も電車で具合悪くなった人がいて、救護室まで運んでさ。

体調悪くてもなんでも、こうやって電車に乗って仕事に行くっていうのは、セキニンってやつなのかな?そういうのなんかその人から感じたよ。左右田もセキニンカンあるもんな。でも無理するなよ。」

 

 

冷水で冷静になると、もしかして自由を履き違えたのではと、責任感がある大人は二日酔いで車内に迷惑かけないのではないかと感じてくる。そんな事を考える時点で自分も「大人」になったのだろうか。

そんな小山は時折、寂しそうな顔する時がある。つづく

 

 

左右田は自由で羨ましい

などと思うことがある。

 

あいつは人生を思い切り楽しんでいて

きっと死ぬ時は笑顔で棺桶に入っているのだろう。そしてたくさんの仲間に見送られるに違いない。

 

昔から「〇〇しなければならない」ということばに束縛されて生きてきたように思う

 

どんなに急いでいても、困っている人をみかけたら助けなければならないと思ってしまう。

 

善人のように好意的に思われることが多いが

 

それはいいところでもあり

悪いところでもあると思う。

 

当然のことだが、すべての人を救うことはできない。目に見える範囲、すれ違う日々に登場する人達だけだ。

 

そして何より自分を救うためにやっているからだ。

 

困っている人をみたは、つい昔のことを思い出してしまう。

 

思春期だったころ、些細なことで母と言い合いになり家を出た。友達の家を転々と泊まり歩いた。

 

当時は維持を張りたかった。折れたくなかった。

それが男らしさだと勘違いしていたのである。

 

しかし、意地を張るのも長くは続かなかった。

友達の両親が心配して母親に連絡をしたのだ。

帰るよう促されてしまった私は、河川敷の橋の下で一晩を過ごした。

 

はじめての野宿だった。

夜がとても深く、暗く、底なしの闇に感じた。

寂しさは重く心にのしかかり、いつのまにか泣いていた。

 

「ひとり」とはこんなにも心細く、恐ろしいものなのだと知った。

 

嗚咽しながら泣く私の肩に優しく手を置き

話しかけてくれた人がいた。

 

これがわたしとヤッサンとの出会いである。

 

 

仕事で疲れて果てた小山は何もかけずに

リビングで寝落ちしてしまった。

 

そして彼と出会った時の事、

日々に忙殺され、忘れかけていた

彼と過ごした日々の夢を見た。

 

ヤッサンはとても変わっていた。

色黒で坊主で、ガタイもよく、そして妙に軽装だった。

「えっ!誰!?」

僕が聞くと、

白い歯を覗かせた。

「がはは。怪しいもんじゃないが、、、

それにはまずは自分が名乗るのが筋じゃないかな?」

私がびっくりしていると、

 

優しい目をして

「ヤッサンだ。」

そう告げて隣に座った。

「ヤッサン。。。変な名前。」

 

思わず出た感想にヤッサンはわざとムっとした顔してみせた。

 

というよりこんな状態の自分にいきなり声をかけてきて、普通ではないのだろう。

それでもひとりじゃないこの今の時間に、ほんの少し安堵している自分がいた。

「小山、、、です。小山タケヒロ。」

 

「、、、坊主がここに来る事は分かっていた。」

 

 

ヤッサンと名乗る男は続けた

「風の終わりを知ってるか」

 

意味がわからなかった。

「知らない。どう言う意味?」

 

「空気っていうのはな、常に押し合いをしてるんだよ。そうだな、、、、風船の中と外ってのは、どっちも空気には違いないが割れたら風が起きるだろ?あれと同じだ。」

 

「風船が割れることと風が吹くことがおなじ?」

たまらず聞いた。

 

「そうだ。常に押し合ってるから、力が強いところから弱いところに移動するんだよ。それが風の正体だ。」

 

「ふーん。」

 

「風の終わりってのはつまり、押し合っていた力が均等になった時に終わるんだよ。」

 

この人は何を伝えたいんだろう・・・意図がわからなかった。

 

「つまりな、俺たちのことなんて気にしてないんだよ、風は。いくら俺たちが止めようったって止められないんだ。人生にも似たようなことがあるだろう。そんな時は風が吹いてるんだって思えばいい。風は止めらないからしょうがないって思えるようになる。」

 

ほらよっ、とヤッサンに手渡されたのは、新聞紙と段ボールだった。

 

「風を止められないなら、うまく付き合えばいいんだよ。」

 

新聞紙と段ボールは、風からぼくを守ってくれた。僕はもう、悲しくなかった。

これが僕とヤッサンの出会いだった。

 

しかしヤッサン、、、なんで僕が来ること知ってたんだろう。教えて欲しかった。

 

 

つづく

 

 

※出典:風が吹く仕組み

https://www.jma-net.go.jp/sendai/knowledge/kyouiku/yoho/a_kaze_ws.pdf

 

 

ヤッサンとは、その後も幾度か会う事ができた。

寂しかったはずの河川敷はいつしかヤッサンと自分との居場所になった。

 

待ち合わせの時間は特に決めなかった。

その方がヤッサンの為になるのかなとも思った。

だからヤッサンはいつ来るのかわからず、それもワクワクの理由の一つだった。

 

学校や部活をやっていると、

毎日あの河川敷にいく、とはならないが、それでも少しの時間があれば、佇むようにして彼を待った。

 

不思議な事に、今日はきっと会えないだろうなと思うとその通り会えず、もしかしたら会えるかなと淡い期待を持つと、少しの時間でもヤッサンは現れた。  

 

変に力が入らず、今思えばちゃんとした見た目ではなかったヤッサンはいつも自分の話を聞いてくれた。

 

河川敷に飲み込まれる夕焼けを見ながら

ヤッサンは決まって風の話をした。ごくたまに自分の事も話した。

ヤッサンは旅人だという。 

 

どこを旅してるのか、何をしているのかは笑顔ではぐらかすのみだった。

それでも

「人間は限界を自分で決める。」

「何事もさ、やってみないとわからないよな。」

などとひとり事のように呟く事がよくあった。

 

そんなある日、ヤッサンはどこを旅してるのか教えてくれた事があった。

今でも信じられないではいるが

なんとヤッサンは、、、、

 

3/29 よーいどん

 

夢の中を旅する旅人だと言う。

 

「夢の中?ちょっと何言ってるかわからない」

不審に思った僕は、心の中でヤッサンとの別れを小さく決意した。

 

「そうだ。夢だ。寝ている時に見るあれだよ。俺は夢の中を旅している。」

 

なんで、いつ、どうやって、いつから、なんのためにと、質問が頭の中に湧き出たが、ぐっとこらえた。

 

「なんでそんなことしてるの?」

質問選手権はなんで?が優勝した。

 

「ごくたまに、人は夢の中で自分を苦しめるんだ。心が病んでしまうほど苦しめる。起きた時は平気だけど、夢ってのは不思議なもので、夢の中で見たものは心のずーっと奥の方に、小骨が刺さったように居座るんだ。これが取れそうで取れない。自分でも気が付かないんだからな。」

 

ヤッサンは続ける。

 

「だから俺は夢の中を旅してるのさ。自分を傷つけてるやつがいたら、お母さんの姿になって抱きしめてやるのさ。」

 

「どうしてみんな自分を傷つけてしまうの?」

 

「それはな。生きてりゃいろいろあるからだよ。悲しみは人の数あるんだよ。坊主ももう知ってるだろ。悲しいってのがどんなことか。」

 

「・・・」

 

 

「いつから知ってるんだろうなぁ俺たちは。悲しみの正体を。俺たちは誰に習うでもなく、気付いたら悲しみを知ってる。嫌になるよなー」

 

ヤッサンは豪快に笑った。

ヤッサンも僕も悲しみを知っている。

同じ悲しみじゃないかも知れないが、同じ気持ちを知っている。だから僕はヤッサンの言葉が好きなのかも知れない。悲しみを持っているから。知っているから。そんなことを思った。

 

夢の旅人か、、、どうやったらなれるんだろう。

半信半疑だったが、なぜか嘘をついているようには見えなかった。誰にも知られず、人を救っているヤッサンはヒーローだと思った。

 

自分もいつかヤッサンのようになりたい、と思った。夢の中で救うことはできないけど、困っている人がいたら助けようと決めた。ヤッサンのような、強くて優しい人になる。幼心にもそう思った。

 

 

 

第二章

左右田は家に帰ると、すぐに寝巻きに着替えた。

ビールと少しの調味料しか入っていない冷蔵庫から一番搾りを取り、すぐさま開けた。

プシュッ、圧縮されていた炭酸が解放されるように音が鳴る。この音が救いだ、と思う。シャンパンの泡が天使の拍手なら、ビールを開栓する音は「お疲れ様」だ。

 

左右田は京王線桜上水駅から徒歩15分の場所にある、木造アパートに住んでいる。

 

住人声は筒抜けだが、住宅街のため外は静かである。隣には高齢の女性がひとりで住んでいる。時折、窓から卑猥な言葉を子供達に向けて叫んでいる。普通ならクレームを入れるところかもしれないが、左右田はいつも楽しみにしている。たまに強烈な言葉がクリーンヒットして笑ってしまう。卑猥な言葉にセンスもクソもないかもしれないが、センスがあるのだ。何事もセンスさえあれば綺麗にまとまったり、おもしろくなったりするものだなと感じた。

 

ゴミ出しにいくと、卑猥センス隣人と会った。

特に言葉を出さず、会釈をして去ろうとしたら

「短小ロッケンロー」と謎のフレーズをご馳走になった。笑いを堪えながら家に入った。

 

 

 

その日は雨だった。

営業はすべて空振りしたが、左右田は気にしなかった。なにせ短小ロッケンローなのである。どうせ小さいなら、死ぬ以外のことは小さなこと。気にせずに進もうと思った。

 

左右田は【考え事をしない】を大事に生きてきた。

令和の世の中は考えすぎだと思っている。

自分の言葉に相手がどう思うか、常に二手先ぐらい先回りして行動を取捨選択している。

 

直感はだいたい正しい。

考えないことを主義にしてからは、強くそう思うようになった。直感は脳を通さず、心が決めているんだと思う。いわば本能だ。

 

損得よりもいまの気持ちを大切にしたい。それはつまり、自分を大事にすることと同義だ。

 

 

池袋の改札で雨宿りをしていると

男が現れた。

「よう。お前と今日ここで会う気がしていた。」

 

 

誰だろう・・・

「どこかでお会いしましたか。」と質問をしてみる。

 

「さあな。夢の中で会ってるかもな。」

 

気持ち悪かった。

「そうですか、、、、では。」

相手しては行けない、と直感が言っていた。

 

改札をくぐり、ホームに来たばかりの電車に飛び乗った。

 

「よう。そんな急いでどうしたんだ。」

 

え?目の前に先ほどの男がいた。

かなり急いで電車に乗ったはずなのに、追いつかれたのか。

 

「少し話でもしよう。」

 

ラッシュ前の車内は空いていた。

初めて会った男と空いてる椅子へ腰掛けた。

雨は上がり、夕日が車内を暖かい色に染めた。

 

「俺はいま旅をしてるんだ。」

男は口を開いた。

 

「旅?ですか・・・いいですね。」

 

一件も成約せず、くたくたになっていたので

正直誰とも話をしたくなかった。

 

「そう、旅だよ。旅はいいぞ。いろんな景色が見れるからな。今回は長い旅になりそうだ。」

 

「そうなんですね。道中お気をつけて。では」

と、降りるべきではない駅で電車を降りた。

男はもう追ってこなかった。

 

 

からっぽの身体をベッドに放り投げて、

左右田はさっき会った人の事を考えていた。

正確には投げかけられた言葉を反芻していた。

「旅はいいぞ、か。」

 

最後に旅なんてしたのはいつだろう。

打ちのめされて、それでも考えないようにして、自分を大切にして生きている。

毎日そのつもりだ。

しかし、打ちのめされて他者からからっぽにされる事はあっても、自分から全部吐き出しにいく経験をしたいと左右田は思った。

「考え事をしない、じゃなくて、考えたくなかったのかもな。」

そう考えているとうとうとと左右田は眠りにつくのだった。

 

 

 

夢を見た。

悲しい夢だったような気がした。

男に会った気がするが、記憶が曖昧で顔も名前も思い出せなかった。

 

また朝がはじまった。

「夜が明ける」というのは

たびたび希望を指すことが多いが

自分にとっては逆だ、と左右田は思う。

 

朝が来なければいいのに、と思うことがある。

大人の楽しみは夜に集中しているが、朝は二日酔いの気怠さと満員電車が待っている。「生きること」を人質にとられ、労働している。手段と目的が変わってしまうように、生きるための労働七日、労働のために生きているのかわからないときがある。

 

朝がくる。

なんのためにだよ。

ずっと夜しかない、大人のために用意された国があればいいのにと思う。

 

 

 

仕事が終わってすぐ

最寄りのコンビニでビールを買った。

 

「地獄だよなぁ」

ため息の代わりにそう呟いた。アルコールが体にゆっくりと馴染んでいくのを感じながら駅へ向かう。

 

渋谷駅前はいつでも賑わっていた。

とりわけ帰宅ラッシュの時間はさらに過激な混雑状況となる。

左右田は不思議に思う。みんな、何故そんなに急いで帰るのだろう。せっかく労働が終わったのだから、もっと自分を労ってやれば良いのに。ゆっくり帰れば良いのに。

 

改札はブラックボールみたいに、人を吸い込んでいく。ビールはまだ残っている。ブラックホールに入りたい気分ではなかったので、駅前で時間を潰そうと思った。

 

ハチ公前は待ち合わせスポットではなく

もはや観光スポットとなっており、異国の人が写真を撮る場所だった。ハチ公もまさかこんなに写真に撮られると思っていなかっただろう。ここもある種ブラックホールだったので、反対側の改札へ向かう。

 

反対側はひらけた場所になっており、時間を潰しているであろう人や、待ち合わせをしている人がちらほらいた。何もない場所だった。

人が多すぎる渋谷で「何もない」は必要だと感じた。何もなくていい。それがいい。なんとなく居心地のいいスペースがいい。そう思った。

 

 

ビールの残りを飲んでいると音が聞こえてきた。

二人組の男性ユニットが、路上ライブをしていた。ブラックホールに入りたくない左右田は、少し聞いてみようと思った。少距離をおき、付かず離れずの場所で聞いていた。

 

朝焼けの歌 思い描いた」

 

知らない人の知らない歌が、何故だか心にすっと入り込んできた。気がつくと涙が出ていた。

 

飾らず、ただただ真っ直ぐに歌を届ける二人組に心を動かされた。朝は嫌いだが、朝焼けは好きになれそうだと思った。

 

二人組の名前はわからなかった。

利き手の違いなのか、それぞれ左右対象に構えるギターが特徴的だった。

 

意図せず心地の良い時間となり、彼らに心の中で拍手を送り、ブラックホール大からブラックホール中ほどまで小さくなった改札に、今日の自分も例外なく吸い込まれていった。

 

ちゃんと伝えられなかったが、素晴らしい音楽だった。また会えたら必ずCDを買おう。

 

 

今日は金曜日。

しかし小山は珍しく有給休暇を取った。

 

 

少し深呼吸したかった。

日々、忙殺されているな、と自他共に認める環境の中でそう思えたのは、左右田の自由さ、明るさに触れた事もある。

しかし何より大きな理由はヤッサンの事を思い出した事だ。

 

彼は旅をしていると言っていた。

それは夢の中だという。

 

自分の夢はなんだったのか。

 

そもそも夢なんて、自分にとっては大層なものだ。そう感じている。

考え始めるとせっかくの休みを諦めてしまいそうになったので、些細な事でやりたい事を見つめ直すことにした。

 

それが自分なりの深呼吸に繋がると思った。

 

まずは朝、アラームを切って、目が覚めるまで寝ていた。

それができると思うとウキウキしたのだ。

前日の1人晩酌は、もはやそれのリハーサルといっても過言ではなかった。

 

といっても、体内時計というやつなのだろうか、、、

本来仕事にいく時間にはしっかり目が覚めるのだった。

 

休みがある、その事には変わりないし、やりたいトピックスも何個か出したのだが、平日にはこなせない家庭の事務作業も滞っている。

それをこなしていくとあっという間に昼になってしまった。

 

しかし、昼間の太陽を感じたのはなんだか久しぶりだった。

そう思うと、事務作業はひとまず置き去りにする事を決めた。

 

時間はもう夕方に近い。

体を動かそう!とジムに行った。

ソワソワする。

実は最近入会し、今日がはじめてなのだ。

 

この歳になっても、「はじめて。」というのは作り出せるのだな、と思わずはりきってしまった。

 

そういう気づきができる自分も捨てたもんじゃないなと思うのであった。

 

汗の引きを感じながら駅へ向かうと

大きな歌声が聞こえた。

 

「聴いてください!有給休暇!」

 

有給休暇か、珍しい曲名だな、と思うと同時に自然と足が止まった。

正面で聴くことは少し恥ずかしかったので、携帯をいじるふりをして、側で聴いていた。

「朝が来て、ちゃんと夜が来る。そんなあたりまえが、嬉しい。」

 

嬉しい事を嬉しいと思うから嬉しいのか。

些細な事も嬉しさをみつけたいと思うから、嫌な事が嬉しいに上書きされるのか。

 

まっすぐ有給休暇の喜びを歌う彼らの歌詞にそんな事を考えた。

 

次は正面から聴こう。そう思った。

もしかしたら「旅」というのは人それぞれに違うのではないか。

人生を長い旅と捉える人もいれば、

短いイベントを旅と捉える人もいる。

 

俺はこれからどんな旅を見つけようか、 

どんな旅をしようか、

そう思いながら

自然と

 

「今日は良い一日だった」

と口をついて出た。

 

今日の有給休暇の終わりに、左右田の声が

無性に聴きたくなった。

 

小山は仕事終わりだよな、とも思いつつ、金曜の夜という事も手伝って電話をするのだった。

(引用 相良浩司 「有給休暇」)

 

 

コンビニで缶ビールを買うため

QRコードを用意していると

「一杯やりませんか。」

小山から連絡が入っていた。

 

あまりのタイミングの良さに驚いた。

小山のことだから、きっと仕事の終わる時間に合わせて送ってきたのだろう。誘うタイミング。少し違えば断る理由になる。あいつは抜け目のない男だというか、他人本位というのか。

左右田にはできない生き方をしており、密かに尊敬している部分だ。

 

 

池袋で待ち合わせをした。

喧騒を避けながら居酒屋を探し歩いていた。

 

小山は探し歩くこを予想して

待ち合わせの瞬間からビールを2本用意しており、彼の緻密な気遣いに驚かされた。

居酒屋を探しながら飲んだ。

 

目白方面に歩くと、小さなバーを見つけた。

池袋FI5VE?なんだか面白そうだな。

 

 

 

「なんか音聞こえるな?」

そんな小山も興味があるみたいだ。

「、、、実は俺、この前路上ライブやってるの見てさ。」

 

「なんか音楽っていいなって思ったんだよなー。」

小山はくったくない笑顔で語った。

 

左右田はこの前路上ライブで会った2人を思い出していた。

 

「小山!実は俺もなんだよ。この前路上ライブしている2人に心打たれちゃってさ。」

 

小山もびっくりしたように続ける。

「え!俺も2人組でしたよ!」

 

2人とも名前は覚えていないようだったが、

もしかしたら同じ2人だったかもという奇跡を期待して笑い合った。

 

「これも旅かもな。」

左右田がつぶやいた。

「え!?」

 

小山は自分が思っていた事を言い当てられたようで心底びっくりしたが、その言葉の意味が自分と同じと感じ、大きくうなづいた。

 

「入ってみるか!」

カラーン!

 

 

店内はバーのような作りになっていた。

カウンター席が数席と、テーブル席が3つ設置されている。昭和のレコードが飾られていたり、様々な装飾があるが全体的にレトロで懐かしさを感じた。いや、懐かしいどころではない。生まれる前に流行ったものを見ているようだった。

 

「いらっしゃいませ。本日はどなたを見にこられましたか?」優しい印象のマスターが声をかけてくれた。

 

「二人組の男性ユニットを探していて、、、」

 

と伝えた瞬間

ステージにいたミュージシャンが演奏を始めた。

 

目をやると、なんと路上で見かけたミュージシャンだった。

 

最後まで聞き取れず困った顔をしたマスターに

「あの人たち!あの二人組を見にきたんです!」

と興奮気味に小山は伝えた。

 

 

二人はSODA SPOON?というユニットだということがわかった。路上での印象とは違い、突き抜けた明るい曲もあれば、悲しみの底から這いあがるような曲もあった。

 

小山と左右田は演奏中

今日の旅に小さく乾杯をして聞き入った。

 

二人の歌声は心をぽかぽかさせた。

温かさに汗をかいた。気がつくと涙が出ていた。

 

 

 

 

素晴らしい夜だった。

終演後に話を聞くと、SODA SPOON?はぼくたちよりずっと若く、このライブバーで運命的に出会ったのだという。今日SODA SPOON?と再会できたのも、このライブバーが持つ不思議な力なのかもしれない。

 

4月19日に大塚Welcome backというライブハウスでワンマンライブをするらしく、左右田と興奮気味にチケットを買った。

 

またあの音楽に励まされたい、またあの音楽に心を温めてほしい、笑わせてほしい、そんなことを思った。

 

 

 

帰り道、左右田は言った。

「心地よかったよな。」

 

「そうだな。居心地がいいわけではなかったけど、心地よかった。」小山も応える。

 

 

「はじめてだったよ。音楽で泣いたのは。知らない世界ってのはまだまだあるもんだなぁ。」

 

「そうだな。」

夜風が少しだけ冷たかったが、ライブハウスの熱気が残っており、ちょうどいいと感じた。

 

「ちゃんと一人になれたんだよ。」

左右田はコンビニを見つけて指差した。

アルコールを補給したかったのだ。

 

「どういうこと?」

 

「家でひとりでいるときでも、厳密にはひとりじゃないとおもう。」

 

「?」

 

「感情に浸ることが、ひとりになるということなんだよ。」

 

「感情に浸る、、、なぁ」

コンビニでそれぞれビールを購入した。

店内でしばらく考えたが、左右田が何を言おうとしているのかわからなかった。

 

「家に一人でいても、誰かと居ても、電車に乗っていても、俺たちはひとりになれない。世の中はひとりにさせてくれないんだ。どこにいても必ず誰かがいたり、あれこれ忙しく考えてしまう。」

 

ごくり、とビールを飲んで左右田は続けた。

 

「だけど、ライブを見ている時はひとりになれた。ひとりぼっちになれた。お前が横にいても、俺は感情に浸ることができた。いま浸りうる感情をじっくりと感じることができたんだ。俺が、俺だけになれた。不思議な感覚だった。」

 

小山も同じようなことを思っていたが

言葉にできずにいたため、左右田の言葉にはっとなった。

 

他愛のない話をしながら駅まで歩き

それぞれの電車に乗り込んだ。

 

 

浸りうる感情か、、、、

小山は電車のなかで思い出していた。

SODA SPOON?の音楽が頭の中で繰り返し流れていた。

 

音楽とは、とりわけ歌とは不思議なものである。

嘘であろうが、現実であろうが物語を紡ぎ出す事ができる。

その点は本や映画も同じではあるが、

音の旋律、リズム、ハーモニーが

それらよりは比較的短い時間の中で、

絡まり合い、

心を打ってくる。

 

そしてそれはジャンルによっても様々だ。

イントロだけで意識をつかまれる事もあるが、そこに歌詞がのると、作った人の背景を元に紡ぎ出されたはずの音楽に、

自分の背景が照らし出されていく感覚になる。

そしてそこには、

答えなるものなあるようでないのである。

 

「あの感覚を忘れたくないな。」

 

左右田は家に帰るとさらに冷蔵庫のビールを飲み、静かに微笑んだ。

 

小さい頃、鳥を見て思った。

あんな風に飛べたらいいなと。

 

動物に限った事ではない。

 

オリンピックなどをみても、

あんな風に泳げたら

あんな風に闘えたら

あんな風に笑えたら

 

そう思う事があった。

 

左右田はビールを片手にパソコンの前に座った。

カタカタカタッ

「楽器の始め方」。

 

休みがあけ、月曜日。

仕事の休憩中がやっと来た。

小山はまだデスクの前に座っている。

カタカタカタ。

まだパソコンを打っているようだ。

相変わらず真面目なやつである。

 

「おい小山。休憩行かないのか?」

左右田が声をかけると、

小山は急いでウィンドウを閉じようとした。

 

チラッと見えたサイトはこう書かれていた。

 

「ギターの始め方」

 

「え、小山お前、、、。」

 

「ハハハ。いやー、この前のライブが良くてさ。自分が楽器をするとか歌うとか考えた事もなかったんだけど、、、。はじめるならどんなもんかなって思って。」

 

「いや、、実は俺も、、、。」

 

「え!?」

 

「そうか小山も。憧れを目標に変えてみるか!」

 

そうして2人してパソコンの前で笑うのであった。

 

「来週、飲みついで御茶ノ水でも行ってみるか!」

「ああ!ギターとかたくさんあるらしいな!」

2人の週末の過ごし方は、週の前半戦で決まったのである。

 

ギターと教本を買った2人は苦戦していた。

小山はひりひりとした指を眺めていた。

 

初心者には「Fの壁」というものがあるらしい。

壁なんて大袈裟だなぁと思っていたが

壁も壁。万里の長城かと思った。

 

Fというコードは他のコードと違って

セーハという、弦を一列すべて押さえる方法を使う。これが難しく、一つ音が鳴ったかと思えば、違う場所が鳴らない。力をいくら入れても無駄だった。

 

どれだけやる気があっても、指の痛さには耐えられなかった。

 

ステージで自由にギターを弾くあの2人はまるで魔法使いだと思った。

「弾きながら歌うんだもんなぁ。しかも2人で呼吸合わせて弾くって、化け物だな。」と呟いていた。

 

なるべく独学で、と思っていたが日々限界を感じている。

 

しかもアコースティックギターは音が大きいため、家で練習できない。

そのため公園で練習をしていた。

だいたい公の場で弾く人達はうまいのが前提で、下手くそなじぶんが公の場でギターを弾くのは、全世界に申し訳ない気持ちだった。

 

どうか人が近づいてきませんように。

そんなことを思っていたとき

 

「よう、坊主。大きくなったな。」

懐かしい声に顔を挙げると、やっさんだった。

 

 

「やっさん!久しぶり!生きてたんだ」

久しぶりに再開する相手に聞くことの相場はせいぜい【元気か、どこで何してたか】だと思うが、自然と生きていたことを確認してしまった。

 

 

「下手くそなギターが聞こえてきたから茶化してやろうと思ったら、いつかの泣き虫坊主だったから驚いた。」

 

「下手くそも泣き虫も余計だけど、生きててよかったよ」

 

「あぁ、今まで色々あったけどな。この通り。なんとか生きてたよ」

がっはっはと豪快に笑う。

 

「貸してみろ」とギターを奪われた。

 

ぼん、ぼーん、ぼーんと

やっさんは慣れた手つきでチューニングをはじめた。おいおいやっさんまじかよ。弾けるオーラがすごいよ。

 

やっさんは軽快にギターを弾きながら歌い出した。昭和歌謡のような曲で、知らない歌だったけれど、どこか懐かしかった。

 

「やっさん、ギター弾けるんだ」

小山は感動していた。

 

 

「おう、俺が若い頃流行ってたんだよ。俺らの時はフォークが大ブームでな。一家に一台ギターがあったぞ。昔は、今みたいにだれもが他人の迷惑に配慮することはなくてな、迷惑はかけ合うもんだった。"お互い様"っていう、ひとつの文化だったんだ」

 

「お互い様か、今と大違いだね。」

 

「今は"迷惑"は悪だもんなぁ。昔の人はみんな、よく怒っていたんだ。お互い様とはいえ、さすがにやりすぎだろうって迷惑に対しては、迷惑だ!と言えたんだ。喧嘩なんて日常だったよ。あのときは腹が減ってたのかもしれんな。いまよりみんなが貧しくて、食うものがなかった」

 

 

「貧しくても、なんか楽しそうだね。お互い様のおかげでやっさんはギターがうまくなったんでしょ。」

 

 

「がははは。」大きく笑って、ギターを返してきた。

 

「昔はな、貧しいからこそみんな前を向いてたよ。生きてやる!って強く思ってた。今はいろんなものが進化した分、生きやすくなって、どう生きたらいいのかわからなくなっちまうのかもなぁ。」

 

「生きやすいからこそ生きにくい、なんだか矛盾してるね。」

 

 

「今でも夢の中を旅してるんだが、最近は忙しくてな。昔と違って、いまのやつらは頭もいいし物分かりもいいし、反抗もしない。ただ、圧倒的に満たされてない、いや満たされていることに気づいていない。当たり前のことが多すぎて、見過ごしているんだ。自分を傷つけることも、実験みたいな感覚でやっちまうんだ」

 

「悲しさや自傷行為にも流行り廃りがあるんだね。」

 

「もう行くよ。またこの公園に来るから、お前もちょくちょく来いよ。ギター教えてやるよ。」

 

 

「え!いいの!?ビール奢る!」

 

「おう、もちろんだ!ちなみに俺はアサヒスーパードライしか飲まないからな。」ガハハと笑いながらやっさんは去っていった。

 

 

やっさんを見るのはこれが最後だった。

 

Fコードも少しずつ音が鳴り出した時、
左右田から連絡があった。
2人はちょくちょくお互いのギターを持ち寄って公園で練習していたのだ。

「ようよう!俺達いつも公園でポロンポロン練習してるけどさ!もう少しジャカーンと弾きたいじゃん!だから予約したんだよ!音楽スタジオ!」

左右田の声は弾んでいた。

「音楽スタジオ??」

「そうそう!俺さ公園で練習するの好きなんだよ!自由って感じがしてさ!たまに、おじいちゃんや子どもに声かけられるし、、、でもたまにはさ!こういう時こそ、サラリーマンの潤沢な資金を活動にあてるべきだと思ってな!」

自分が音楽スタジオでギターを弾く、、
想像しただけで、それこそプロに近づいたような、彼らに近づいたような気持ちになるのだった。

リハーサル当日。

リハーサルといっても何かの発表会があるわけじゃない。
しかし小山は少しの緊張と、それを大きく上回るワクワクを抱いて、音楽スタジオに踏み出した。
「うおーー!!!ドラムが置いてある!マイクだ!
マイクスタンドも!なんだこの機械、使い方わかんねー!」

左右田はハイテンションで凄く楽しそうだ。

かくいう自分も胸の高鳴りが抑えられなかった。

スタジオの薄明かり、年季の入ったマイク達。
鏡に映ったギターを背負った自分の姿。
少し前には信じられない光景だった。

こういう場所で様々な音楽が奏でられ、
気持ちが一つになり、素晴らしい音楽が生まれていったのだろうか。

今までは音楽をなんとなく聴く立場であった。
しかし、ライブというものに遭遇して、体験して、自分でも驚くほどその価値観はガラリと変わって行った。

店員さんにミキサーと呼ばれる機械の使い方を聞き、
本格的なマイクで初めて声を出した。

「あー!あー!おほん!小山!音楽とは音を楽しむと書く!」
書いてそのままの意味を自信満々に告げる左右田に思わずツッコミをいれ、
夢のような時間が流れた。

今練習してるのはイルカの「なごり雪」だ。
この曲はきっとヤッサンも好きなのだろうか。

「おっ!なごり雪だな!ちょっと歌も入れよう!」

こんな日常が自分に待っているだなんて思わなかった。
お日様がぐるぐるまわり、朝を連れてきたり
夜を連れてきたり。
そうしてずっと、仕事をして、なんとく日々を過ごして行くのだと思っていた。
歌を通した自分のなごり雪は笑ってしまうくらい下手くそだった。
だけど、そんなのは関係無かった。

「左右田。スタジオ取ってくれてありがとうな。」

「いやー、実は最初取り方も分からなくてさ!ちょっとまごまごしちゃったんだけど、楽しいな。」

思い切り鳴らす少しチューニングがずれたギターも、、ひりひりとした指も何故か誇らしかった。

「俺歌もイケるんだぜ!」
そういって歌う左右田の歌は本当に少しイケていた。

 

4.8更新分    

気がつくと桜が咲いていた。
冬の粘りとじゃれあう春の気温は
三寒四温ではあるが、徐々に冬物の上着では暑くて耐えられない程度まで上がった。

何を持って人は春を感じるのだろう。
4月に入ったら?新入社員を見つけたら?
小山は桜だ。と思う。

秋だって、春のように感じる日があってもおかしくないが、花はその季節に正確に咲く。
花は春を見逃さない。

そんなことをぼーっと考えていた。

「よう!待たせたな!」
左右田が声をかけてきた。

頭の後ろからもうひとつ頭のような黒いものが見える。僕も同じものを持っていた。

僕たちは当然のようにギターを背負い、当然のように集るようになっていた。

「なあ左右田。桜ってなんで必ず春に咲くんだろうな。たまには秋に間違って咲いたっていいじゃないか。」


「ははは!たしかにな。なんでかなんて考えたこともねぇよ!だけど、もしかしたら俺たちのために咲いてるんじゃないか」

「ん?」

「俺たちに"春が来た"と知らせてくれてるんだよ。忘れるなよ!春だぞって」

「お前らしいよなぁ。理由はわかはないけど、どう捉えたって自由だもんな。」

「そうだよ。昔の人は星を見て、勝手に線をひいて物語を作っただろう。意味なんてお前の中にあればいいんだよ。」


小山は桜が春に咲く理由をググろうとして、画面を閉じた。野暮だよなぁ。


今日僕たちは、たまには外でギターを弾こうと集まった。実際は花見を理由に酒を飲み、酔っ払ったついでにギターを鳴らそう、というものだった。

FもBもあるときから急に押さえられるようになった。始めたばかりの頃は痛くなっていた指も皮膚が硬くなったのか、痛くなくなっていた。

ふたりでSODA SPOON?の曲を歌っていた。コードはさほど難しいものではなく、初心者に優しいものばかりだ。

ひとしきり弾き終え、酔いが回ったあと小山は話す。「そういえば昔、僕のことを救ってくれた夢を旅する変なおっさんがいたんだよ。」

桜がはらりと落ちてビールの缶に乗る。
「夢を旅する?普通逆じゃねえか?旅するのが夢、じゃないのか」

「違うよ。本当に夢なんだ。人が寝ている間に見る夢。その夢の中を旅してるんだ。」

「なんのためにそんなことしてるんだよ」

「その人が言うには、夢の中で自分を傷つける人を救っているんだって。」

「ふーん。怪しいおっさんだなぁ」

「そうなんだよ、見るからに怪しいおっさんなんだ。」小山はヤッサンとの出会いと、今までのことを話した。

つづく


桜が咲く理由
バラ科のサクラは、花の元となる花芽を前年の夏につくりますが、花芽は秋になると寒い冬を越すために休眠に入ります。その後、一定の低温と気温の上昇など条件が整うと、花芽は休眠から目覚めて、再度成長して徐々に蕾が膨らみ、春に開花します。この再成長から開花に至るまでの過程は、気温の高低に大きく影響され、蕾の成長速度に気温が直接関係するので、その気温をもとに予測するのです。予測の一例を示すと、2月1日以降の積算日最高気温(その日の最高気温を毎日加算していった値)が600℃を超えたころに咲くと予想しています(ソメイヨシノの場合)。

出典: https://www.kodomonokagaku.com/read/hatena/5352/

より詳しく知りたい人は↓
http://www.nfd.or.jp/about/activity/flower-knowledge/plants/サクラの花が春に咲くしくみ/

 

 

-----4/9 つづき-----

 

小山がヤッサンの事を話していくと、

驚いた事に左右田もそんな人物と会ったような気がする、というのだ。

 

「夢、とかは言ってなかったけど、旅をしてるみたいな事言ってた気がするなぁ。」

 

よほどヤッサンの存在が強烈だったのか、伝えてくれた事よりも容姿の事しか頭にないようであった。

 

左右田は呟く

「しかし、現実世界でもたくさん自分を傷つけてる人がいるのに、夢の中まで自ら追い込んでしまう人がいるとはな。」

 

小山も同感だった。

日々、本当に自分をこの世から消したい、不必要だと思い、本気で「自分を大切にする」

という事がわからない人もいるのは事実だ。

 

そういう人にとって、「自分を大切にしてあげてね。」となどという言葉は、残酷なほど空虚なものなのだろうな、と思うのだった。

やり方がわからないのだから。

「そういう人達にも、俺たちにとっての音楽みたいなもんがあったらいいのにな。」

左右田は続ける

「いくら夢の中でヤッサンが救ってくれたとしても、目が醒めてしまえば現実に戻っちまう。

俺たちは夢の中で生きているわけじゃないもんな。スーパーヒーローがいたら会ってみたいよ。他人に甘えて頼って助けられて、その逆もあって今この場で息してるんだよな。」

 

入社したての時、小山は正直言って左右田が得意ではなかった。

自分に持ってないものを持ってるやつだな、とは思ったが、いわゆる周りから見て陽気なキャラクターは、どこか演じているように感じ、

心の内は読めない気がして苦手だった。

しかしそんな左右田はお構いなしに小山を飲みに誘い、なんの因果か小山は左右田にそんな感情を抱いていた事など、すっかり忘れてしまっていた。

 

自分と相反するなと思っていた左右田が、こんなにも自分と同じ気持ちを持っているとは。

小山は当時の自分を少し恥ずかしく思った。

「左右田。」

小山は続ける。

「作ってみるか。曲。」

-------4.10更新分-----

 

2人は作曲に苦戦していた。

0から何かを生み出すことがこんなにも難しいものか、と痛感した。頭の中のメロディは雲を掴むように消えていき、具現化できないでいた。

 

コード進行のルールもよくわからず

とにかくひたすらに打ち込んだ。

 

意外にも左右田は作詞の才能があるようで

普段の言動から考えられないような繊細な歌詞を書いてきた。夢の中を旅する男がテーマのようだ。きっと、ヤッサンのことなのだろう。

 

小山は作曲に行き詰まっていたので、

SODA SPOON?のコードを思いっきりパクることにした。

 

「パクリじゃねぇか!!」

押さえたことのあるコードばかりが並んでいることに気が付いたのか、左右田は思わず突っ込んできた。

 

「学ぶの語源は、真似ぶってことを知らないのか。まずは真似するんだよ。最初から完全にオリジナルなものができるわけないだろ。いいから早く歌ってくれよ」

 

小山はパクったコード進行ではあるが

それでも気に入っていた。はじめてできた曲だ。我が子のように愛していた。誰にも傷つけさせやしない、と意気込んでいた。

 

2人ははじめて作った曲を歌ってみた。

気恥ずかしさとワクワクがカフェオレのように混ざっていった。混ざり切った頃には堂々としていた。

 

左右田の目はキラキラしており

目を合わせるのが恥ずかしく感じた。

いつも自分勝手なやつだけど、素直なのだ。

 

素直であることは意外と難しい。

小山はそう思う。小さな嘘を身に纏って生きていた方が圧倒的に楽なのだ。それが大人の作法と言ってもいいと思う。

 

だからこそ楽しい時に、楽しいと

体いっぱい表現する左右田が羨ましくもある。

 

 

 

 

「なぁ小山。ライブハウスに出ようぜ!!」

 

左右田は言った。

小山も同じことを思っていた。

 

「いいな!やろう!!!」

我が子のように愛しい楽曲を

たくさんの人に聞いてもらいたい。見てもらいたいと思ったのである。

 

 

「でもどうやって、、、、」

出るって言っても方法がわからない。

路上で歌うのとは違うし、、、、

 

「ライブ 出る方法っと」

左右田はググっていた。

なんでも教えてくれるGoogleは、もはや神様のような存在だと思えた。

 

「ノルマ?!を払えば出れるみたいだぞ!!」

 

「ノルマ?!なにそれ?!」

 

「2000円のチケットを5枚売れば出れるって書いてる」音楽をするのにお金が必要なのか!

ライブハウスも商売なので、致し方ないとはいえ、10000円もするのか。世の中のミュージシャンは毎回こんなにも大変な思いをしているのか、と思った。

 

「よし!出よう!チケット売ろう!!」

小山は決心していた。

 

「出よう!!」

左右田は目を輝かせていた。

 

2人の初ライブが決まった。

 

-------4.11

ライブの演奏時間は20分。最初それを見た時、とてつもなく長く感じた。

 

左右田と試行錯誤し、2人で作った渾身の一曲と、ギターを弾いた時から合わせているカバー曲を合わせ、

あとは2人で何か喋る所も含めたらおそらく届くだろうとなった。

左右田はしゃべりもうまかった。

 

2人で作った曲名は「カフェオレ」となった。

 

ヤッサンが行き来する夢と現実、

そして自分たちが送る日常も、

今この活動が夢とするのならば、

仕事漬けの日々は現実でもあるのだろうか。

 

しかし、その日常が、現実があるからこそ、

僕たちは色々な事を思う。

それが新しい夢を形成していくといってといいんじゃないか。

夢と現実は実は表裏一体で、混ざり合っている。まさにカフェオレだ。

 

そんな事を思ったり、作った時のワクワク感と気恥ずかしさを忘れない為につけた曲名だ。

 

まずはチケットを売らなければ。

そういえば昔、音楽をやっているという友達からライブのお誘いを受けたことがあったっけ。

その時、仕事の都合で行けなかったのだが、

まだ活動しているのなら、今度遊びに行ってみようかな。

 

左右田と手分けして同僚などを誘い、なんとか

5名集まる事ができた。

物珍しさもあるのだろうが、そんな事はどうでも良いくらい緊張する。

 

そして何より、嬉しいのだ。

 

きっとステージの中では大人の作法もへったくれもない。

 

自分達のやりたい事、伝えたい事を歌に乗せて表現するだけだ。

何もかもが自分達次第なんだ。

それはきっと楽しい。

 

どんな自分に出会えるのか。どんな左右田をみれるのか。お客さんはどんな風に受け止めるだろうか。

 

想像するだけで、楽しいのだ。

 

本当はヤッサンにも初ステージを見届けて貰いたかった。

 

姿がみえなくても、想いが伝わる事はあるのだろうか。

そこにいる人達ばかりに伝えたいわけじゃない。

小山は出ない答えに想いをめぐらせながら、

ステージに立つ時、こうしよう、ああしようと心に決めたのであった。

 

-----つづく-----4.12

初ライブから5年が経った。

今も2人は歌っている

続けることは決して容易じゃなかった。

 

始めるのが遅かったこともあり、実力不足は否めないものの、大人の狡賢さのようなものを十分に発揮して、いまでは5人以上のお客さんを集めることができた。

 

しかし僕たちにも、辛い時期があった。

3年ほど経ったとき「なんのために歌っているかわからない。」そんなことを左右田が言ったことがあった。

 

仕事と音楽に、いつからか追われ

活動費用とノルマに資金は減る一方

「楽しい」だけでは続けるのが難しいと

ふたりは思っていた。

 

ライブハウスで知り合った

とてつもなくいい歌を歌うミュージシャンが、いつのまにか名前を聞かなくなったり、結婚を機に音楽を辞めたり、それぞれの人生へと向かっていった。

 

マイクではなく、大切な人の手を握る覚悟をした人達は偉大だ、と思う。

 

ぼくたちの最後も

マイクではなく人の手に握られていたらいあなぁと思う。

 

 

 

なぜ音楽を続けるのが。

 

ミュージシャンに限らず

ある程度まで道を進めた人達に、必ずと言っていいほどぶつかる壁だと思う。

 

はじめは全てが楽しかった。

楽しくて、上達するのが嬉しくて

達成感も高揚感もあった。

 

今は、誘われるままにライブハウスに出て

お客さんのいないガラガラの店内に歌を響かせた。

 

出演料を払って、酒を飲んで

反省会を終えて家に帰る。

 

僕たちの音楽はだれのためにも、なんのためにもなっていなかった。自分のためにさえなっていなかったのだ。いつしか楽しいより、苦しいが勝つようになっていた。

 

そんなときにSODA SPOON?のライブを見に行く機会があった。

 

「ダンシングにダンシングに行こうぜ」と

内容のないうたを全力で歌う2人の姿があった。あまりの全力さに、驚いた。

 

内容がなくても

誰かのためじゃなくても

ただ沸き立つような「楽しさ」がそこにあった。

 

僕たちはきっと

僕たちを見失っていたのである。

 

舵を取ろう。そう決めた。

横を見たら、左右田と同じように覚悟を決めた顔をしていた。

 

 

それからは具体的なことをたくさん話し合った。

まずはふたりのコンセプトを決めた。

「なんのために歌っているのか」自分たちがわかっていないのだから、見る人にはもっとわからないだろう。

 

「リスタート!30歳から夢を始める」

そんなコンセプトを掲げた。同世代や、少し上の世代に向けて曲を次々に書いた。

 

他にも、得意なことと苦手なことを出し合った。

左右田はギター教室へ通い

小山はボイストレーニングに通った

 

それぞれの良さを最大化させ、動員数など目標を持って取り組んだ。

 

活動がマイナスにならないよう、ノルマのないライブハウスを探した。そして自ら企画を組み、仲間を集め、いい企画をたくさん打ち出すことで、お客さんに満足してもらえるようになっていった。

 

そうしていくうちに

音楽をやる意味や意義がはっきりしていった。

 

「音楽とはつまり、出会いだと思う」

左右田は言った。

 

「お客さんとの出会い、ライブハウスとの出会い、ミュージシャンとの出会い。その全てがまた音楽を作っていくんだよな。人だけじゃなくて、出会いはたくさんの思いを受け取ることができる。」

 

「そうだな。」

小山は応える。

 

「ただな、間違ったらいけないことがあると思うんだ。音楽で人を救うことはできない。」

 

「救えない?僕たちは救われたじゃないか。」

 

違う、と左右田は続けた。

「自分を救うのは自分なんだよ。人は自分で自分を救ってると俺は思うんだ。」

 

「自分で自分を救っているか、、、たしかにな。」

きっと、誰しもが自分の見たいように物事を見て、解釈している。悲しいことを悲しいと決めるのはきっと、自分自身なのである。その逆も然り。

 

 

「まずは俺たちが俺たちを幸せにしよう。救おう。そして、その幸せをお裾分けしよう。みんなで幸せになるんだ。」

 

左右田は初めて一緒にスタジオに入った時の目をしていた。

 

 

 

「そうか、僕は僕を救いたかったのかもしれない。」

 

「俺もきっとそうだよ。」

 

「歌は背中を押せるわけでも、手を差し伸べることもできない。だけど俺たちもそうだったように、誰かのキッカケになれる。気付きや心踊るような音。そういう場所を作り続けていこう。」

 

 

あくまで自分の力で

自分を救いたいと思わなければ、自分を救えない。

 

僕たちもそうだ。いま、僕たち自身が僕たち自身のために変わろうとしている。

 

自分たちで自分たちの舵を取るんだ。

 

-----つづく------4.13

テレビやラジオに出るわけではないけれど、

コンセプトを固め、それに沿って曲を作って歌った。

 

きっと最初は独りよがり、(2人よがりとでも言うのか)

で始めた音楽だった。

 

しかしそうすると、少しずつだが、お客さんが良いね、感動したよ、気持ちを言ってくれる事が増えてきた。

今では僕たちの音楽を伝える事で、笑顔や感謝の気持ちを作れるようになったのだ。

 

 

自分達なりに工夫して活動をしていくと一つ、気づけた事がある。

 

キッカケは確かに音楽だった。

 

でも、今もこうして続けていられるのは

楽しいだけじゃなく、

ただただ「好き」だからなんだと小山は思った。

 

「好き」という気持ちはとてつとなく凄く、パワーを生み出すものなんだと音楽を通じて体感している。

 

壁にぶちあたっても、虚無感が襲って来ても、

好きだもんな、と自分に語りかけると魂が呼応した。

自分の中で別のチャンネルができて、

毎日それを励みに頑張る事ができた。

 

努力を努力と感じないくらい好きで、

その先に必ず、「楽しい」が待っていると知っているから、今も続けていられるんだと思った。

 

そして、そんな僕たちの音楽を「好き」と言ってくれる人たちが少しずつだけどできたのだ。

 

世の中にはたくさん、人々の「好き」に応えるものがある。人によってそれは読書であったりスポーツであったり、映画や旅行なんかもそうなんだろう。いわゆる趣味とも、言えるだろうし、生きがいともいえるだろう。

そして

数えきれない程、音楽をやっている人達や歌を歌う人達がいる。そんな中で、僕たちをみつけてくれたのだ。

 

その人たちの「好き」に応えたい。

そう思ったのも初めての事であった。

 

自分の体験や経験、人生なんて決して劇的なものじゃない。

 

一般的で普通の人生なのだろう。

それはそれで、とても幸せな事だ。

でも、だからこそ、そんな僕たちだから歌える歌があるはずだ。

僕たちだから書ける歌詞があるはずだ。

 

それを表現した時、聴いてくれる人達の背景と、感情を一緒に共有できる、そんな場所をこれからも作るんだと、そう舵をとるんだと小山は心に決めるのであった。

 

その為に続けやすい環境を自分達で整え、これからも歩いていく。左右田とともに。

 

次の目標はワンマンライブだ。

 

4.14ーーーーー

夢のような時間、初のワンマンライブがついに始まった。

 

始まってみれば、あっという間の時間が過ぎていく。

 

最初のほうのセットリストで何を歌ったのかわからないほど、頭が真っ白になった。

 

しかし、歌っていくうちに、少しずつ楽しめている自分に驚いた。

カバーも含めて様々な曲を歌ったが、

あのお客さんはこの曲で笑顔になるんだ、とか、

このMCでは笑いがたくさん起きたなとか、
終盤になるとその時間を噛み締める事ができていたと思う。
緊張した甲斐があったってものだ。

そして、次でいよいよ最後の曲だ。

自分達にもう歌える曲など無いというのに、
終わりたく無い、このままもっと歌っていたい、と左右田は思った。


小山はどうだったんだろうか。
どんな事を考えて、ライブを駆け抜けたのだろうか。
駆け抜けているのだろうか。

価値観はお互いに違うのだろう。
まったく正反対な所がある2人なのに、こうやって一緒にワンマンまでチャレンジしている。

そう考えると、音楽が国境や年齢や性別など越えていくという意味を痛感するのだった。

いくぞ、と小山に目配せした。
小山もうなづき、笑顔をみせた。

最後の曲を歌い切ると、

観客席からアンコールを求める拍手がきこえるのだった。

4.15

 

左右田の足は震えていた。

リハーサルが終わり控え室にいた。僕たちは今日ワンマンライブだ。小山は真剣な顔で譜面とにらめっこしている。

 

俺はというと、どんなことを話そうか、どんな気持ちで歌ったらいいのか、たくさん考えていた。

 

久しぶりの仲間やよく会う友達。

そして大切なファンのみんな。

誰1人として裏切りたくない、今日来てよかったと思ってもらいたい。幸せになってほしい。

 

歌は祈りだ、と左右田は思う。俺たちは今日みんなのことを祈る。みんなの幸せを祈る。感謝の気持ちを精一杯返していく。

 

ギターをいつもよりピカピカにふきあげながら、そんなこと思った。

 

 

 

思えば、始めた頃はみんなが珍しがって、よくライブに遊びに来てくれた。5年経った今、まだやっているのかと呆れた顔を向けられることもしばしばあった。しかし、そんなことはどうでもよかった。今はただ、楽しかったのだ。

 

手のシワとシワを合わせて幸せと

いつかのCMで言っていた。では、音を合わせたら何になるだろう。それもまた幸せだと、左右田は思う。

 

ライブの前は必ず緊張する

大人になってから、たくさんの日々を過ごしてきたが、緊張する場面はそれほど多くはなかった

この緊張感も含めて生きている気がした。

 

左右田は、この緊張感を大切にしたいと思った

生きていることを感じられる瞬間だと思った

 

必要とされたい、それだけのために歌を続けたい

幸せにしたい、そんな思いを込めて歌い続けたい

 

音楽に定年は無い

止め時は自分で決めないといけない

ただ、それは人生も同じだ

俺たちは24時間、年中無休で自分と言う制服を脱げない 

 

思いっきり生きてやろう

思いっきり楽しんでやろう

思いっきり歌を歌おう

 

いつの間にか足の震えは止まっていた

小山も覚悟を決めた顔をしていた

 

呼び込みの音が鳴る

2人はステージへと上がった

 

1曲目は、あの曲

そう、カフェオレだ。

 

人も物も形をなくして

ただの原子になって

ゆっくりと混ざり合うように

左右田は最初のフレーズを弾いた。

 

-----つづき----4.16更新分

 

ライブは無事に終わった。

 

体はもう1ミリも動かせそうになかったが

来てくれたみんなの顔を見ると、たちまち元気になった。

 

「よかったよ!」

「カフェオレのサビめっちゃよかった!」

「楽しかった!またくるよ」

温かい声に包まれ、幸せだった。

 

ひとりひとりと、たくさんのことを話したかったのだが、あっという間に時間は過ぎて、2人はビールを飲む暇もなく店を出た。

 

2人はコンビニの缶ビールで打ち上げをした。

一口目に飲むビールはこの世のものとは思えない美味さだった。

 

「くー!!!!!なんだこのうまさは!!」

左右田は大きな声で叫んだ

 

「だな!世界一のビールだな!」

珍しく小山も叫んでいた。

 

何ヶ月も前から準備してきた体に

ビールが隅々まで染み込むようだった。

 

こんなにも「うまい瞬間」が今までの人生にあっただろうか。日々を終わらせるために飲む酒とは別次元のうまさだった。

 

 

「なぁ左右田。」

小山はまっすぐ前を見つめて言う

 

「なんだよ改まって」

 

「またうまいビール飲もうな」

 

「もちろんだ!」

 

そのあと2人は終電まで反省会をして帰った。

 

後日、録音した音源を聞いたが、それはもうひどいもので、2人して落ち込んだ。

 

ワンマンライブは終わりや一区切りだと思っていたが、むしろスタートだった。

 

 

2人はつぎの「うまい瞬間」を目標に

練習に打ち込んだ。

 

 

なぜとか、なんのためにとか

そんなことはどうでもいい。

 

あの「うまい」にたどり着くために音楽を続ける。

そう決意したのである。

 

 

---つづく---4.17

相手から見た自分と、自分自身で意識している自分の像は大きな違いがあるのかもしれない。

 

寝ている時、夢に出てくる自分に対し、

「きっとこれは夢だ!」と自覚できたのなら、きっとどんな自分の姿でも過ごす事ができるんだろう。

それこそ理想の姿で。

そうならない悪夢の中で、

今もヤッサンは人を救っているのかなと小山はぼんやり思っていた。

 

しかし、

現実世界を生きている自分は、はたしてどっちが本物の自分なんだろう。

他者から見た自分。

自分から見た自分。

 

その乖離がもどかしさに変わり、ずーっと心の中にあった。

抱えたまま生きてきた。

 

しかし音楽をやる自分を客観的にみて、

気づいた事がある。

 

どちらも僕なんだ。

 

仮面をつけながらいい子になってしまう

自分も

 

下手くそだろうが

全て曝け出して歌う自分も

 

全部僕だ。

 

音楽を始める前、左右田と一緒に飲んだ居酒屋で、彼は

 

【仕事の疲れは心地よい、全部許されるみたいだ】

 

と言っていた。

 

その時はわからなかったが、

今ならその「許し」の意味がわかる気がする。

 

まさにあのワンマンライブをやり遂げた時、僕もそう思ったのだ。

全部許されるみたいだと。

 

全て受け入れる。そして、自分自身を許す。

どんな自分でも自分なのだと。

 

たまに

「許す自分が許せなくなる」

時もあるのだろう。

 

それでも許すんだ。

 

ありのままの自分も許す。

しかし、

 

もし、目標の自分があるなら、

そこに近づきたい自分がいるのなら

それに対してもがく事、それも許す。

 

僕はそうやってもがいて、あがいて

生きていきたいと思ったのだった。

 

-----4.18更新分

 

映画のエンディングを見ていつも思うことがある。あれは人生の1部分を切り取っているに過ぎない。

 

人生は続いていく

幸福の山場も、不幸のどん底でも

本当の意味でのエンディングはきっと死ぬ時だ

 

俺たちが、もし小説になるんだったら

今がその時ではない

 

エンディングなど作らせてたまるかと左右田は思う

 

季節は36回目の春

桜は随分と散ってしまった

 

桜は咲いている時も散った後も桜である事に変わりない

 

悲しくても、辛くても、仕事は休めない

毎日は続いていく

だったら

たくさん笑ったやつの勝ちだ

 

何食わぬ顔をするな

泣きたい時は、泣け。笑いたい時に笑え。

毎日は続いていくんだ

 

俺が毎日に飲まれてどうする 

俺が毎日を飲み込んでいくんだ

 

 

小山とこれも音楽を続けていく

もちろん仕事も続けていく

ただ、それを

ただの毎日にはしない

 

当たり前を特別なものに変えていく

音楽にはそんな力がある

まだまだ頼りない力だけど

俺たちはそんな思いを伝え続けようと思う

 

 

たくさん悲しんで、たくさん笑って

自分で自分を愛せる人になれるよう

あなたがあなたを愛せるように

日々を愛せるように

 

俺たちは歌っていく

俺たちにも歌っていく

 

エンディングなんかくそくらえだ

俺たちの音楽は

いつまでも鳴り止まない。

 

 

「お前らしいな」

 

夢の中でそう話す男は

どこかで見たことのある初老の男だった。

 

 

「やっさんか!!小山が心配してたぞ!たまには顔見せてやれよ」

 

 

「ハハハ、誰かに心配されるってのは嬉しいことだな。けどもう会えないんだ。お前の言葉を借りると俺はどうやらエンディングの時が来たみたいだ。お前たちの事ずっと見てるからな。」

 

「なんで最後に出るのが俺の夢なんだよ」

 

「なんとなくだよ。小山の夢重そうなんだもん。」

「夢に思いも軽いもあるのかよ」

「あるんだよ。これからはお前が夢の旅人をしろ。手続きを済ませてある。」

 

「やだよ。断る。それに手続きってなんだよ。誰にだよ。」

 

 

「神様的なやつだよ。俺も全員から任されてるんだ。拒否権は無い。」

 

「腹立つなーその神様」

 

「そうなんだよ。全然融通がきかない。おっと、もう行かないと。小山は頼むぞ」

 

「ああ、任せろ。エンドロール流しとくからゆっくり行っていいぞ」

 

「悪いな。じゃあな」

 

 

気がつくと、朝だった。

こんな夢を見ても、毎日は続く。

俺が望んで続けている毎日だ。

明日も、明後日も続けていく。

 

生きているのではなく

生きていくんだ。

いつかエンディングが来る。その日まで。